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母・松田聖子さんによく似たビジュアル、歌声、かつてのいわゆる“ぶりっこ”に通じる可愛らしいキャラ。
どこをどう切っても聖子さんの娘である神田沙也加さんには、「松田聖子の娘」という周囲からのレッテルがまとわりつかなかった日はなかったでしょう。
画像出典:
神田沙也加オフィシャルウェブサイト
一般人の子供ですら、親から受ける影響は絶大だと言います。
ましてや国民的人気を誇る偉大な歌手、松田聖子さんを母親に持つ重圧は、並大抵のものではなかったことと思います。
「松田聖子の娘」ではなく「神田沙也加」という一人の女性歌手としての確固たるアイデンティティを築くのに27年もの月日がかかったのも、肯ける気がします。
しかもそんな沙也加さんの母、聖子さんは、娘の仕事に恋愛に様々な干渉をしていたようです。
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母親が決めた「SAYAKA」という芸名でCDデビューしたのは15歳のとき。
けれども、歌唱力は認められながらも「親の七光り」のイメージは拭えず、歌手として順調なスタートを切ることはできませんでした。
母・聖子さんは、何とか沙也加さんを成功に導くべく、ニューヨークの著名な音楽学校への留学を勧めます。
けれども沙也加さんは自分の意志を通し、高校卒業後も日本に留まり、一人暮らしをしながら宮本亜門さんのミュージカルのオーディションを受けました。
このとき宮本亜門さんに「あなたはあなたでいいんだ」と言われたことが、沙也加さんには強く印象に残ったそうです。
沙也加さんはその後も、華やかなタレントとしての道を歩んだ母親とは異なり、露出の少ない舞台やミュージカルの仕事を地道にこなしながら、舞台歌手、舞台女優としての本格的な修練を積み、一流の表現力を身につけていきます。
18歳の頃、沙也加さんと北野正人さんとの交際を巡って娘と母は大げんかをし、騒動となってしまい、沙也加さんは芸能活動を休止することに決めました。
娘の一方的な決断に母・聖子さんは激怒し、娘の給料を凍結して生活費を渡さなかったそうです。
沙也加さんは、一時期にはカップ焼きそばだけで毎日を過ごすほど窮乏したときもあったそうですが、挫けずに和食料理店やダイニングバーでアルバイトに精を出し、最後には一人で職場を切り回せるほど熱心に働きました。
また、大のアニメ好きで、25歳のときには声優としてデビューしましたが、芸能活動の傍ら声優スクールに通って勉強するなど強いこだわりも見せました。
このように、天才的な母とは対照的に、陰での地道な努力を怠らず入念に下積みを重ねる健気な姿に、天の女神もほほ笑んだのでしょう。
「アナと雪の女王」のオーディションに自ら応募して、見事にアナ役を勝ち取り、今回の大成功を収めたのです。
素晴らしい歌い手だった松田聖子さんと常に比較され、本来は歌うことが大好きであるもかかわらず「歌うことはとても恐いことだから、もうやりたくなかった」とテレビのインタビューで胸の内を明かしています。
でもそんな彼女も「歌うますぎ」「舞台や声優としての下積みから、歌の上手さに表現力が加わっていて、本当に感動した」等、世間から大絶賛を受け、これからも“TRUSTRICK”という音楽ユニットで本格的に歌手活動を続けていくようです。
まだまだ素敵な成長を見せてくれそうですね。
長い間『松田聖子の娘さん』と言われてきましたが、今では松田聖子さんのほうが『神田沙也加のお母さん』と呼ばれつつあります(笑)
これからも頑張ってください、神田沙也加さん(^^)
Dollygirl
- 作者: 神田 沙也加
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2015/01/23
- メディア: 単行本
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メイク方法やファッションをメインとした、神田沙也加初の公式スタイルブック。
「声優」や「女優」をテーマにしたインタビューなども収録されているそうです。
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2015-01-24 15:58
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